「的を得る」は誤用か正解か?辞書改訂と文化庁調査が明かす新常識
ビジネスの現場や公の議論で「彼の指摘はまさに的を得ている」と発言した瞬間、周囲から冷ややかな視線を向けられたり、「そこは『的を射る』が正しい日本語だよ」と注意された経験を持つ人は少なくないはずです。長年にわたり「慣用句の誤用ランキング」でワースト上位に挙げられ、「教養のない言葉遣い」の代名詞のように扱われてきた「的を得る」。
しかし、国語辞典の改訂や言語史的な資料発掘が進んだ現在、その定説は根底から覆されています。なぜかつて誤用と断定され、いかにして復権を果たしたのか。文化庁の世論調査データや辞書編纂者たちの証言を手がかりに、ビジネスパーソンが知っておくべき決定的な違いと実戦的な使い分けの真実を掘り下げます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:「的を得る」は誤用ではなく、戦前や明治期から使われてきた正当な日本語であることが最新の辞書改訂で立証されている。
- 要点2:文化庁の世論調査ではすでに「的を得る」派が約5割を占め、本来の語源である弓道由来の「的を射る」を数的にも上回っている。
- 要点3:言語学的に正当であっても、ビジネスメールや年配層への対応では「誤用と信じ込んでいる相手」への配慮から「的を射る」や言い換え表現を選ぶのが賢明な防衛策となる。
「的を射る」と「的を得る」はどちらが正解?文化庁調査と辞書改訂が暴く真相
結論から述べれば、現代の日本語において「的を射る」も「的を得る」も両者ともに正解です。「的を得るは誤用」という言説は、昭和後期から平成にかけて一部の国語学者やマナー講師によって広められた俗説に過ぎません。
事態が大きく動いたのは、文化庁が実施した「国語に関する世論調査(平成24年度)」の結果でした。本来の言い方とされる「的を射る」を使う人が41.5%にとどまったのに対し、「的を得る」を使う人は49.9%と約半数に達し、公的な統計において完全に逆転現象が確認されたのです。
言語の規範を厳密に記録する辞書界にも劇的な地殻変動が起きました。その震源地となったのが、辞書編纂者の飯間浩明氏らが携わる『三省堂国語辞典』です。同辞典は2014年刊行の第7版において、それまで「誤用」と注記していた記述を削除し、「的を得る」を正当な見出し語として認める大改訂を行いました。さらに2021年末に刊行された第8版でもその解釈は強固に維持されています。
飯間氏らの詳細な文献調査により、夏目漱石をはじめとする文豪の作品や戦前の新聞記事において「的を得る」が自然に使われていた実例が多数発掘されました。「的を得る」はポッと出の若者言葉や単なる言い間違いではなく、100年以上の歴史を持つ確固たる日本語表現だったという事実が、学術的に証明されたのです。

語源と由来の徹底解剖|「的を射る」と「当を得る」の決定的な違い
では、なぜ「的を得る」はこれほどまでに激しいバッシングを受け、誤用としての烙印を押されてしまったのでしょうか。その原因は、慣用句の語源と、別の表現である「当を得る(とうをえる)」との混同説にあります。
「的を射る」の語源と由来は、弓道や弓術にあります。弓矢で的の中心(図星)を正確に射抜く行為から転じ、「物事の核心や要点を的確に捉える」「的確な意見を述べる」という意味で定着しました。目的物に対して一直線にアプローチし、狙い通りに命中させるニュアンスを含んでいます。
一方で、誤用説の論拠として槍玉に挙げられたのが「当を得る」です。「当」とは「道理」や「理屈」を意味し、「道理にかなっている」「適切である」ことを指す言葉です。「誤用警察」と呼ばれる人々は、「『当を得る』と『的を射る』がごちゃ混ぜになり、誤って『的を得る』という奇妙な言葉が生まれた」と主張しました。
しかし、この混同説には決定的な見落としがあります。日本語の「得る(える)」には、単に物を手に入れるだけでなく、「自分のものとして捉える」「的中させる」という意味合いが古くから存在します。「要領を得る」「時宜を得る」といった用例と同じく、「的(核心)を捉える」という意味で「的を得る」と表現することは、文法構造的にも何ら不自然ではないのです。
【データ比較】辞書の見解と世論調査に見る「的を得る」の歴史的変遷
主要な国語辞典各社が「的を得る」をどのように扱ってきたのか、その見解の変遷と文化庁の調査データを俯瞰すると、日本語の規範意識の移り変わりが鮮明に浮かび上がります。
| 辞書・調査機関 | 詳細・数値データ | 過去の扱い・基準 | 現在の見解・評価 |
|---|---|---|---|
| 文化庁 国語世論調査 | 的を得る:49.9% 的を射る:41.5% | 「的を射る」を本来の言い方として調査 | 国民の過半数近くが「的を得る」を選択。定着が進む |
| 三省堂国語辞典 | 第7版(2014年) 第8版(2021年) | 第6版までは「誤用」または「的を射る」を推奨 | 誤用説を撤回。「的を射る」と同様に正当な語として採録 |
| 明鏡国語辞典 | 第2版(2010年) 第3版(2021年) | 「『的を射る』の誤用」と厳格に記載 | 「俗に的を得る、とも」と記載を軟化させ、歴史的背景に配慮 |
| 岩波国語辞典 | 第8版(2019年) | 「的を射る」を本則とする方針 | 伝統的な規範を重視しつつも、世間の使用実態を注記 |
| 大辞林 / 大辞泉 | 各最新版・Web版 | 「的を射る」の項目に誘導 | 「的を得る」を立項し、「要点をうまく捉える」意として掲載 |
表からも明らかなように、かつて「間違いの典型」と糾弾されていた「的を得る」は、いまや主要辞書の多くが「市民権を得た正当な表現」あるいは「歴史的に根拠のある慣用表現」として扱いを改めています。

【実態検証】ビジネス現場で起きる「誤用警察」の心理とSNS・職場のリアル
辞書の記述や言語学的な真実がどうであれ、現場のリアリティは一筋縄ではいきません。ビジネスチャットやSNS、ネット掲示板を観察すると、いまだに「的を得る」という言葉に対する激しいアレルギー反応が見られます。
都内のIT企業に勤務する30代の事業企画担当者は、社内の役員プレゼンで起きた苦い体験を語ります。「スライドの質疑応答で『競合他社の弱点を的を得た形で突いている』と説明したところ、50代の役員から『君、言葉は正しく使いなさい。"的を射る"だよ』と発表内容とは無関係な部分で厳しくダメ出しを受けました。場が凍りつき、企画の本質的な議論がストップしてしまったのです」。
このような事例は珍しくありません。心理学的に分析すると、他者の言葉遣いを正そうとする「誤用警察」の行動原理には、「規範遵守による優越感」と「マウンティング心理」が色濃く働いています。「自分は正しい教養を身につけている」という自己アイデンティティを誇示するために、相手の揚げ足を取る格好の材料として「的を得る」が標的にされやすいのです。
特に40代後半から60代以上の世代は、学校教育や昭和・平成期のビジネスマナー研修において「的を得るは誤用である」と徹底して刷り込まれてきました。彼らにとって、最新の辞書改訂や文化庁の調査データは「後出しの屁理屈」に映るケースすらあります。言葉が通じるかどうか以前に、「相手の感情を逆撫でしない」というリスクマネジメントが現場では求められているのです。
失敗しないビジネスメール術|「的を得た意見」のスマートな類語と言い換え
言語の正当性と現場の摩擦リスクを考慮した場合、ビジネスメールでの使い方には高度な戦略性が求められます。相手がどのような言語規範を持っているか判別できない社外取引先や上司に対しては、あえて「的を得る」を使うメリットは皆無と言えます。
最も安全かつプロフェッショナルな印象を与えるのは、相手の属性に応じた「的を得た意見の類語言い換え」を使いこなす技術です。
① 最も無難な正統派アプローチ:
「的を射る」をそのまま使用する手法です。「部長の仰る通り、まさに的を射たご指摘と存じます」と記述すれば、伝統的な規範を重んじる層からも、最新の用法を知る層からも一切の批判を受ける隙がありません。
② よりフォーマルで敬意を高める言い換え:
「的」という比喩表現そのものを避け、ビジネスにふさわしい熟語へ昇華させます。
- 的確なご指摘:「先日の会議におきまして、的確なご指摘を賜り深謝申し上げます」
- 核心を突いたご意見:「今回のプロジェクトにおける課題の核心を突いた分析であり、大変勉強になります」
- 要点を捉えた解説:「複雑な市場動向について、極めて要点を捉えた資料をご提示いただき感謝いたします」
③ 相手の知性を称賛する高度な表現:
目上の人物や専門家の慧眼を称える場面では、一歩踏み込んだ格調高い表現が効果を発揮します。
- 慧眼(けいがん):物事の本質を見抜く洞察力を指す。「先生の慧眼に感服いたしました」
- 当を得た(とうをえた):道理にぴったり合っている状態。「極めて当を得たご判断と拝察いたします」
【プロの結論】おすすめできる人・慎重になるべき人の判断基準
「的を得る」を使うべきか、避けるべきか。迷った際の判断基準は、表現の正誤ではなく「コミュニケーションの目的と相手との関係性」にあります。
【「的を得る」を使っても問題ないケース】
- 言語の歴史的変遷を理解している同世代や近しい同僚とのカジュアルな対話
- 日常会話、SNSの私的な発信、創作物やエッセイの執筆
- 「言葉の変遷」そのものをテーマにした議論やプレゼンテーションの場
【「的を得る」の使用を慎重に避けるべきケース】
- 採用面接、エントリーシート、論文、公的なプレスリリース
- 年配の役員や重要顧客への提案書、謝罪文、公式なビジネスメール
- 相手の国語力やマナー意識の厳格さが未知数であるファーストコンタクト
対人関係において不要な摩擦を回避するためには、心理学でいう「心理的バウンダリー(境界線)」を保つ姿勢が欠かせません。「自分が正しい」と証明することよりも、「相手にストレスを与えずにメッセージを届けること」を最優先する姿勢こそが、真に洗練された大人のコミュニケーションと言えます。

【的を射る・的を得る】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:就職活動の面接やエントリーシートで「的を得る」を使うと減点されますか?
A1:減点対象となるリスクがあります。面接官が最新の辞書事情に通じているとは限らず、旧来の「誤用説」を信じている面接官からは「言葉遣いを知らない」と判断される恐れがあります。採用選考では「的を射る」または「的確な」「本質を突いた」と言い換えるのが鉄則です。
Q2:なぜ「的を得る」を使う人がこれほど増えたのですか?
A2:新しく増えたというより、明治や戦前から「要領を得る」などと同様に「的(ポイント)を自分のものにする」という意味で広く使われていた表現が、日常語として自然に生き残ってきたためです。感覚的にも「得る」という動詞が「手応えを掴む」ニュアンスに合致したことが定着の要因と見られています。
Q3:上司から「的を得るは間違いだ」と指摘された場合、どう対応すべきですか?
A3:その場で辞書の改訂や学説を持ち出して反論することは推奨されません。人間関係の軋轢を生むだけです。「勉強不足で失礼いたしました、的を射たご指摘ですね」と穏やかに受け流し、相手の意図を汲み取る大人の対応が現場では最も評価されます。
まとめ:正誤の二元論を超えて信頼を勝ち取る言葉の選び方
言葉は固定された法典ではなく、時代と人々の営みの中で呼吸し、変容し続ける生き物です。「的を得るは誤用」という通説は、学術的には過去の遺物となりつつあり、「的を射る」と並ぶ正当な表現としての地位を確立しつつあります。
しかし、現実の社会生活では「学術的正しさ」が「人間関係の円滑さ」に直結するとは限りません。大切なのは、白黒をつける正誤の二元論に囚われるのではなく、言葉の背景にある歴史を知った上で、目の前の相手や場面に応じた最適な表現を選択できる柔軟性です。そのしなやかな言語感覚こそが、あらゆるビジネスシーンにおいて揺るぎない信頼を勝ち取る最大の武器となります。 (出典: 的 を 射る 的 を 得る(Yahoo!ニュース))